「東日本大震災前・・・
女川町は人口約10000万人、南三陸リアス式海岸、牡鹿半
島の基部にあり、
自然に恵まれ、秋刀魚の水揚げが本州で第3位、ホヤ、ウニ、
牡蠣、ホタテ、銀鮭など
養殖な盛んな漁業の町でした。
東日本大震災により、女川町は850名程の方が犠牲になり、
また、家屋の7割が全 壊または大規模半壊する被害を受けました。
16mの高台にあった「女川町立病院」
も1階部分が津波の被害にあい、
外来、検査、放射線、薬局、事務が使用できな
くなりました。
町内の開業医、調剤薬局は全て流され、町内に残った医療機関は
我々の施設だけとなりました。
震災翌日には、着の身着のまま家を飛び出し、
薬 がない、薬手帳がない、自分は心臓病だがどんな薬を飲んでいたかわからない、
というような方々が大勢押し寄せました。
カルテも診療機器も、当初は薬さえも、
何もない状態で、
改めて基本的診療能力の大切さ、プライマリケアの大切さを実
感しました。
全国の方々の支援を受けながら
「町民の希望の灯りになろう」と
これまで医療活 動を続けつつ、改修工事を進めてまいりました。そして平成23年10月1日より19
床の診療所+老健施設に機能変更し、
名称も「女川町地域医療センター」と改め
ました。
在宅や仮設診療所への訪問診療も行っておりますが、診療所化に合わせ、
町外にできた仮設住宅への出張診療も開始しました。
また出島、江島のという離
島の診療所も震災により閉鎖されたため、
今後は離島への出張診療も行う予定で
す。
女川町の復興に向かって、行政とも連携し、
保健医療福祉の充実した新しい
町づくりを目指していきます。
被災地復興の過程での医療活動、離島診療、仮設住宅支援等、
いろいろ学ぶとこ ろが多いと思います。
一緒に勉強してみませんか?」
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